ブエナビスタの夜

映画のこと

水曜日。

5月の公開からずっと楽しみにしていたフランソワ・オゾンの最新作『秋が来るとき』

いつ行こうかどうしようかと思っているあいだに上映時間はどんどん狭まり、ついに上映最終週になってしまった(新宿ピカデリーの場合)。

もう上映時間は早朝か週末レイトの二択しかなくなっており、これはもう背に腹はかえられぬと、ど平日の水曜日をフレックス出社にして行ってきた。

水曜日はサービスデーで大人料金は一律1,300円。にもかかわらず、客はわたしを入れて10人くらい。ほとんど、というかきっかり全員がひとり客に見える。

そういうなかでの映画の没入感というのはなかなかに格別で、映画の内容とはまたべつのベクトルでちょっと感動的な体験だった。

平日早朝の映画館は、いい。

さて、わたしがいちばん好きな映画を聞かれて答えるとすると、迷わず『ブエナビスタ・ソシアルクラブ』(監督:ヴィム・ヴェンダース)を選ぶ。

あれはヴェンダースの当時の新作『セバスチャン・サルガト/地球へのラブレター(2014年)』が公開された時だから、だいたいいまから10年くらい前。新作公開の記念として、氏の代表作だった『ブエナビスタ・ソシアルクラブ』が短い期間(2週間くらいだったと思う)、文化村ル・シネマでリバイバル上映された。

公開時、上映を見逃していたこともあり、それはふつうだったら映画館に(しかも渋谷に)出かけようとは思わない遅い時間のワンチャンスだったのだけど、迷わず出かけた。

作品自体はたしか、DVDかなにかで鑑賞済みではあったと思う。ぜひ劇場で観たい、とずっと根に持っていたわけではなかったものの、偶然にリバイバル上映の情報を聞いた時には行かない理由なんかないと思った。ただの気分だった可能性もあるが、それはほんとうに幸運なことだった。

情報を得た段階で早々座席を予約していたこともあり、席は問題なく確保していたが、劇場に行くなり満席だということはすぐに確認ができる入りだった。それどころか、満席となったあとも客が続々、続々と入ってくる。立ち見、あるいはチャイルドクッションとおぼしき塊を渡されて、通路に座るカップル、友人同士、ひとり。さまざまな客層だったと思う。そうして、客が入り切るだけ詰め込まれた劇場は熱く、ちょっとした宇宙船のように上映へと出発した。

これは音楽のドキュメンタリー映画なのだけど、乗客がわっと盛り上がったり、拍手が沸き起こったり、そういうことはとくになかった。けれど、観客のひとりひとりが一様に恍惚を味わっている空気があった。すぐそばの通路にチャイルドクッションを敷いて鑑賞している美しい女性も恍惚としている。

ひとが感動しする時はこういう表情をするのか。作品の内容もさることながら、そういう劇場の空気にわたしはこっそりと感動していた。ほんとうに来てよかったと思った。

上映が終わり、劇場が地上に着陸して照明が点灯すると、観客はあっという間にさっさか現実に戻って、帰り支度をする。ロビーでは商機とみたスタッフが作品のDVDを大声で叩き売っていた。多くのひとが手を出しており、わたしも乗っかって1枚購入した。

こういう空気感を味わった映画鑑賞はこの時以外にない。

けど、映画館に行って時々は「そこにしかない空気」のようなものを味わうこともあり、そういう時にはこのブエナビスタの夜のことをふと思い出す。

あの時に(いきおいで)買ったDVDはいまでも折にふれてよく鑑賞する。いい気分の時。いい気分になりたい時。もしくは落ち込んだ時。部屋の照明をチルして。肩の力を抜いて。

そして、最終盤のカーネギーホールでキューバ国旗がステージに掲げられるころには、何度観ても涙もあふれんばかりに昂揚するのである。

どの季節だったかすら、当時自分がどのように生きていたかも、幸せだったのかさえ思い出せないあの一夜の宇宙船のことをわたしは大切に思っているらしい、ということを何となく噛み締めながら。

きょうの映画

『ブエナビスタ・ソシアルクラブ』(1999年 監督:ヴィム・ヴェンダース

「パリ、テキサス」の名匠ヴィム・ヴェンダースと世界的ギタリストのライ・クーダーが再タッグを組み、キューバの伝説的ミュージシャンたちにスポットを当てた音楽ドキュメンタリー。

ライ・クーダーが敬愛するキューバのミュージシャンたちと制作したアルバム「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」は大ヒットを記録し、1997年グラミー賞に輝いた。ヴェンダース監督はキューバを再訪するライ・クーダーに同行し、ミュージシャンたちとの交流を記録。情緒豊かなハバナの街並みや、アムステルダムでのコンサート、そしてニューヨークにある音楽の殿堂カーネギーホールでのステージを交えつつ、彼らの素晴らしい音楽とそれぞれの人生を映し出していく。(映画.comより)

※この映画に関してはもはや何を語ればいいのか、わからなくて映画サイトのイントロダクションを丸写しする。調べる過程で続編として発表された『ブエナビスタ・ソシアルクラブ★アディオス』の情報がいくつかヒットした。これも観に行ったが(飛んで行ったが)、内容をほとんど覚えていなかったので、何も考えずAmazonでDVDを注文した。945円だった。


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