土曜日。
先週と同じように近所のパワースポットに出かけたのち、ファミレスでモーニング。ここのファミレスは過ごしやすい席も多く、スタッフが皆キビキビと朗らか。そのせいか、早い時間からそこそこに混雑している。
さて、神頼み。
毎週末にパワースポットの神社に出かけて手をあわせる。
いまのところ、ただこのあたらしい習慣が楽しく、こうして帰り道でファミレスに寄るのも子どもの頃のスイミング帰りのかき氷のようでむやみにわくわくする。
それはさておき、くだんの神社が「パワースポット」と呼ばれる理由はおそらく「よく願い事が叶う」から。御利益があるからなんだろうと思う(たぶん)。
そうであってほしいなとは思う(切に思う)ことはもちろんだけれど、この習慣、「御利益があるか、そうでないか」とは直接的に接しない意外な考え、というか意識が自分のなかに発生した。
「神頼み」によって得られること
それは意識。かんたんに言うと、
「ああ、個人的な願い事に神様までもを巻き込んでしまった。自分でできることは自分でせん といけん」
みたいな意識だ。
今回、わたしが接している願い事は、平たく言って「推しの成功」なので、わたし自身にできることはまあ、ない。
ちなみに「推しは推せる時に推せ」などと言って熱心に出かけたり買ったり、といったことに精を出すタイプもいるけど、わたしの願いは「現役時代をできるだけ多く肉眼でみること」ではなく、活躍そのもの。
今後、二度と生でプレイを観ることができないととしても構わない、ただ活躍してほしい。思い悩むことも、怪我することもなく(まあ、それも極端なことを言えばだけれど)。
なので、できることはないのだけど、あるとしたら心がけの部分。
「憎んだり悲観したりをせず、ただ物事がよい方向へ向かっていると信じる」。
ちょっと怖い脳の仕組み
これは脳科学の話で、文句ばかりを口にしたり思考したりしていると、脳は「それを望んでいる」と判断し、文句を言うにふさわしい状況を次々引き寄せてしまうらしい。
脳は仕組み的に意外とCPUが賢くなく、そういうことが起こるというのだ。
(詳しく知りたいかたは偉い学者さんの本を読んでみて。たとえば、これとか)
そして、思考とはほとんどが意識的におこなうというより、無意識にだだ漏れになっているもの。
これまでは、たとえ「憎んだり悲観したりをせず、ただ物事がよい方向へ向かっていると信じる」。などと決意したとしても、思考や感情に押しつぶされてしまうことが多かった。
けれど、神社に参るようになってからは「神様まで巻き込んだんだ。いけんいけん」とろくでもない思考をさっと収束させることができるようになっている。
これこそが、神頼みの効果ではないだろうか。
先日触れた『愛の不時着』にこんな場面がある。
家族への憎しみを募らせるヒロインのセリに対して、
「憎い人を胸にしまって生きると、苦しくて。君だけが損する。誰よりも嫌いだろ? 損をすることは」とヒーローのジョンヒョク。
若くして自身の会社を立ち上げた才女であるセリは
「そうね。私、経営者だから損をするのはいちばん嫌」と返す。
感情に振り回されないで生きるコツ
憎しみを心に留めおかないのは、清い人間、正しい人間であるべきだからじゃない。
ただ単純に損だからだ。
綺麗事じゃなく、僻みや悲観から有益なものは何も生まれない。
だからと言って、憎々しいという感情に蓋をするのも苦しい。
そこで、コツとしては湧き上がってきた憎しみに対してはひとしきり「クソが、アホが」とやりこめて、「はい、この話はこれでおしまい」と収束させる。
一旦は「憎い」という感情を受け容れてしまう。そして、憎んだ自分をあっさり許す。
聞くところによると、ネガティブな感情をあれこれ変化させて自分を苦しめるのは生き物で人間だけらしい。
「憎い。くそったれ」のあとに、「そんな醜い感情を抱いてしまう自分が嫌。みじめ」に連絡させるのは人間だけだということ。
だから何度も同じ感情が湧き上がってきても焦らない。何度も受け容れて、そのたびにできる限りさっと収束させる。かんたんに憎しみが消えたら苦労しない。何度も、淡々と同じ作業をする。
大切な試験を控えているのにどうも勉強が捗らない、好きな人がいるのにどうしても前向きになれない、自分磨きをしたいのに食欲もコントロールできず早起きもできない。自信が持てないからいつも不機嫌……
自分でどうにもならない環境や境遇はどうしてもあり、たとえそれを呪ってしまうとしても、最低限「腐らない」ことは自分の力だけでできる。
春。桜が咲いて、プロ野球が開幕する。
憎んだり悲観したりをせず、ただ物事がよい方向へ向かっていると信じよう。
きょうの本
鈴木祐:『無(最高の状態)』
日常の、逃れようとしても逃れられない苦しみ。緊張。嫌な気分。そうした感情をごく建設的に分析して、ごく建設的に対処する。そのような提案が細かいテーマごとに書かれている。
どの章も興味深いテーマとともに語られるので単純に読み物として面白いし、「気にするな」、「自分らしく」、「いまこの瞬間」とか言われてもクソくらえだよな、と思ってしまう本音に対してのアプローチが丁寧に記されている。自己啓発やら、心の在り方みたいな話がどうも空々しく感じるってひとはもしかするとこの本が合うかもしれない。