2026年になった。
箱根駅伝と東西金杯を観る正月があっという間に過ぎて、気がついたらもう1月が終わろうとしている。
何ひとつ変わらない、静かな火星での生活。
変わったことと言えば、毎年送ってくれる友人からの牡蠣がことしは来なかったこと。瀬戸内の牡蠣、心配ですね。
47歳の年だ。
ずいぶん遠くまで来た、と毎年思ってしまうけれど、47歳になってもまだドラクエやってるし(Amazonで何となくポチっておいたら年末にSwitch2の購入権利が当選した。びっくりして買ってしまった。同時に2月発売のドラクエ7を予約した。何ひとつ迷うポイントがないくらいやり尽くしたタイトルだけれど、指折り数えるくらい楽しみにしている。カラーストーンのパズル合わせとか、上手くできるだろうか)、アニメを観ながら晩ごはんを食べる。
1年間続く試験もあって時間を上手く見つけらないなか、通勤電車や風呂で本を読む。
年末から年始にかけて読んでいたのが、青柳碧人『乱歩と千畝』。青柳碧人は『むかしむかしあるところに死体がありました』以来。『むかしむかし~』のなんとなく「上手いこと言ってやった」感が苦手だったけれど、こちらは比較的誠実な展開。暗い時代の英傑が柔らかいエンタメになっているって、すごいことだ。
そして、また週末がやってくる。
気になっていた銭湯に行き(夢みたいに極楽だった。もっと早く行くんだった。もう毎週末行ってやると思った)、帰り道でアイスを買い、真冬の陽光を浴びながら帰路に着く。
競馬のメインレースをぼんやり眺めながらそれをたべ、パドックで一目惚れした白馬の馬券を買ったり、とにかくいつだって隙だらけだ。
なんか、そういうまとまってない感じ、隙だらけの感じをことしこそは整える1年にしたい。
いわゆる「ことしこそは変わりたい」みたいなことを思うのだけど、そんなこんなでもう1月が終わろうとしているのだ。
たぶん、無理だと思う。
だから、「ことしこそは変わりたい」を、変えてみる。
「ことしこそは変われない自分を認めたい」と。好き好んで火星に暮らして、だけど気がついたら逃避行をしている。「こうなったら素敵な自分」に忍び寄られている。
それを都度、蹴散らしていけるように。
たぶん自分は、自分が思っているよりそこそこは、素敵なのだ。と信じて、2026年は行きたいなと思う。
このブログもここまで以上に大切に育てていけますように。
きょうの本
青柳碧人:『乱歩と千畝』
早い段階でなにかの書評を読み、すぐに予約。あまり待たずに図書館での貸し出しの順番が回ってきた。が、その後直木賞候補作に。現在は自治体によってはある程度待ち時間があるかも。
江戸川乱歩と杉原千畝。江戸川乱歩はともかく、杉原千畝は知る人ぞ知る(東洋のシンドラー。多くが知っている側だとは思うが、少なくともわたしの小学校時代とかで教科書には登場しなかった偉人)という歴史上の人物。
ーーそのふたりがもし歴史上で関わりを持っていたら
という視点で描かれたエンタメ歴史小説。感覚としては、土方歳三がじじいになって暴れ回っているゴールデンカムイと近いかもしれない。
当たりのやわらかいエンタメ小説で、この日本史上、最も暗くて腹立たしい時期を知ることができるというだけでも価値がある。読んで損なし。良作です。
児玉真美:『安楽死が合法の国で起こっていること』
自殺願望があるわけではなく、とりたてて人生に絶望しているわけでもないが、ごくフラットに「死ぬタイミング」を自分で決められたら方々にメリットしかないのではないか、とつねづね思っている。
だって、そうじゃない? 死ぬ時は間違いなく孤独死だし、住居だって、ある程度の地点で引き払ってそれなりの施設に入る、と考えてはいるけれど、そんなに思いどおりに運ばないだろう。だとしたら、この部屋も特殊清掃まっしぐらだ。
そうした事情に接しているのではないかと思って、SNSで見かけてすぐに予約した本書。
構成としては、まさにそこという導入から、章を進むごとに「福祉・医療に物申す」という流れに。
そのあたりに拒絶反応が出る読者もいるだろうなと思いつつ、そこは著者自身、百も承知で覚悟を持って切り込んでいるんだろうという印象。
それはさておき、主題はこの際何でもいいよと思えるくらいこの児玉さん、文章がとにかく超上手い。表現の幅広さとか、的確さとか、何かを表す際に言葉とは、日本語とはこんなに便利だったか? と唸るくらい。そのあたりも含めて、まあ読んでみてくれよと言いたくなる一冊。そんなに軽いテーマでもないけれど。


