いますぐ素敵なじぶんになれなくてもいい

暮らし

そしてまた、週末がやって来る。

一気に汗ばむ陽気になって、何だかこの季節の恒例と化している部屋じゅうの断捨離を敢行しながら前回書いた『じぶんの型を持つこと』について、考えている。ミニマルに、シンプルに暮らしたいと思って暮らしているはずなのに、どうして捨てるほどの荷物が押し入れに詰まっているのか。

思えば子どもの頃から考えなしだった。

痩せる薬とあらば怪しげないちご味のタブレットからセラシーン(懐かしのロート製薬から販売された「セルライトを消す」痩身サプリメント)まで飛びつくように手を出した。

中学生か高校生くらいの当時流行っていたワッフルパーマ(PUFFYね)ができる専用のアイロン、親が慌ててクーリングオフしたちょろい基礎化粧品……枚挙に遑がない。

そしてそれは大人になっても続いていて、「痩せたら着られるだろう服(出番が来ることはない)」、「習慣にできればお得と思って買った大容量の健康食品(賞味期限が来て、捨てられる)」などなど……子どもの頃に比べたら小銭を持った分、余計に悪化しているかもしれない。

ミニマルに、シンプルに暮らしたいと思って暮らしているはずなのに、洋服も定番が決まらない。髪型も、とくに変化を楽しんでいるわけではないのに決まらない。当然、そのせいでカネは貯まらない。

なぜなんだろう、とふと立ち止まって考えた。

基本的にだらしない(これは子どもの頃から散々詰られていた)のはさておき、思い当たったのは要するに、

「わたしは、じぶんに自信がないのだな」

という一点だった。

40代も後半になっているのに、基本的に諦めることがわたしは苦手だ。かと言って真摯に追いかけることもできない。なんとなく、うっすらいつも何かを願っている気がする。

「どこかのタイミングでじぶんが納得できる素敵なじぶんになれる時がくる」と。

「まだ俺の時代が来てないだけ」みたいなテレビドラマあったあったけれど、あれと似たようなもの。そこまで露骨じゃないにせよ、ようするにつまりはいまこの瞬間のじぶんがとにかく気に入らないのだ。

「気に入らないじぶん」の正体

気に入らないじぶんを実感した時に、居ても立っても居られなくなって即座に放棄したくなる。それが、衝動的な買い物だったり、散髪だったり、人間関係リセットだったり……数え切れないほどこれまでの人生でループしてきた規則正しい歯車なのだ。

どこかでこのループを断ちたい。

ループを断つには、現状(望んでいない方向に)上手いこと回っている歯車に楔を噛ませるしかない。

では、その楔とは何か。

かんたんに言えば、「負けを認める」ことである。いまの「気に入らないじぶん、素敵じゃないじぶん」を一旦受け容れる。

もっと端的に言えば、じぶんを信じること。じぶんを、というか、ある時のじぶんの選択。

たとえば、野球をしている少年が上手くなるために「これから毎日1000本素振りをしよう」と決意したとする。

そういうじぶんの決断は、その後折に触れて囁きかけてくる。

もっといい方法があるのではないか。このまま続けていてほんとうのこの道は成功に続いているのだろうか。

そうやって、道を逸れていく。

それを繰り返すと、さあ召し上がれとばかりに「じぶんに自信の持てないわたし」ができあがる。

じぶんとの約束を守る

プロの雀士で伝説の無敗記録を持つ桜井 章一は、何か望みを抱いたとして、それが叶わなかったことは人生で一度もないと語る。何か願ったとしてもたいていそれはあっさり叶ってしまうので、うっかり願わないようにしている、とまで。

そうした運(をはじめとした諸々)を引き寄せる方法のひとつが「じぶんとの約束を守る」

「じぶんに自信を持つ」と言っても、ただ闇雲に「自信」という言葉のラベルだけを貼り付けても、ちょっとしたきっかけですぐ粘着力が薄れてしまう。そりゃそう、ふと立ち止まって紐解いてみれば、「自信」のラベルはハリボテで、潜在的にはじぶんのことが気に入らなくて気に入らなくて仕方ないのだから。

そこをていねいに修正してやる。「毎朝5時に起きてジョギング」みたいなむずかしいことじゃなくてい。ごくかんたんにクリア可能なことから、積み重ねる。じぶんでじぶんを見直すきっかけを少しずつ与えてやる。くれぐれもあせらず、そしてやり過ぎず(大事)。

以前、派遣の職場で出会った先輩社員が「たとえ3日で無理だと思った職場でも1年は続けてみる」と話していた。修行が足りないわたしは「無駄だし、無理」と感じたし、何なら口にも出したかもしれないけど、あれは(ある意味では)けっこう正解なのだ。

(※ほんとに無理だと思ったら早めに逃げ出すのが正解でしかないので、そこは躊躇わなくていい)

「なんかこの方法じゃ上手くいかない気がする」、「あっちのほうがいい気がする」と思ってしまったことを、そこに乗っからず継続を選ぶのはむずかしいことだ。

けれど、やってみる。

また鏡を見て発作的に前髪を切りたくなったり、しまむらで服を買いそうになったら一度立ち止まって唱えてみる。

「いますぐ素敵なじぶんになれなくてもいい」と。

素敵じゃないじぶんを突き放さず、一旦共に過ごす覚悟をしてみる。それがたぶん、わたしの歯車には有効なふるまいなのだ。

きょうの本

桜井 章一:『ツキの正体』

ーー桜井 章一(雀鬼)は、20年間無敗の伝説を持つ雀士であり、「運は待つものではなく、自ら引き寄せるもの」と説きます。具体的には、「考えすぎない」「気づいたら即行動」「見返りを求めない」「遊び心を持つ」ことが運を呼び込み、ツキ(運)は必ず人を選んでいると主張します。(AIより)

この本をはじめて読んだのは、たぶん10代か、ハタチかそこらだったと思う。書かれていることは「運、勝負の行く末、といったものはある程度コントロールできるもの」という主旨で、雀鬼なりのその方法が語られている。

大谷 翔平のマンダラチャートにも通じることだが、本文にも書いたとおり、本のなかで雀鬼は「じぶんとの約束を守る」ことが運を引き寄せる重要な要素のひとつだと語っている。

若い時分に読んだ時は「え? そんなこと?」と思った気がする。

そして、そのことがやはり1周回って(1周どころかもう何万周と回ってる)大事なのかもしれない、とその周回を疑問視した46歳の春、気づく。

いかにも人生1周目って感じで、客観視すればある意味いとおしくはあるかもしれない。

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