ふだん読むことが多いのはミステリーだけれど、きょうはいわゆる謎解きではない、かといって涙腺崩壊の感動巨編でもない、言うなれば変化球。
じっくり読んで放心できる、あるいはどこかにメモしておいてじぶんの大事な一冊になる。そういう心のブックマーク的4作をご紹介。
桜木 紫乃:『裸の華』
【STORY】舞台上の骨折で引退を決意したストリッパーのノリカ。心機一転、故郷札幌で店を開くことに。訳ありの凄腕バーテンダーやタイプの違う二人の女性ダンサーと店は軌道に乗り始める。しかし、私も舞台に立ちたい、輝きたいという気持ちは募るばかりで──。(Amazonイントロダクションより)
主人公の女性の名前が「フジワラノリカ」。小説の導入部、クリニックか何かで名前を呼ばれて周りがザワザワ、心の中で「こちらはパチモン」と呟いて立ち上がるシーンで登場人物をバチっと立体化させることに成功している。さすが桜木紫乃さん。
いわゆるショーパブというのだろうか。ちょっとエロい踊りを鑑賞しながら飲食できる店をススキノにオープンするノリカ。幼少期からバレリーナを目指してきたようなダンサーと、レベルの違いはあれど華のあるダンサー。そのふたりの対比とか、バーテンダーとかもそうだけど、とにかく登場人物が魅力的。
札幌の風景描写もいい。桜木紫乃の小説はわりに北海道の札幌以外の都市が舞台のことが多く、札幌は「用事がある時にだけ行く大都会」といったニュアンスで描かれていることが多いけれど、住むとこんな感じなのかというのが新鮮だった。
そのなかにノリカ行きつけの女性風俗店があるんだけど、これもなかなか刺激的だったな。それと、ススキノのおにぎり屋さん。対照的なのにどちらもどっぷりリアリティ。
個人的にはやや喪失感ある終わり方だったせいで、ちょっと再読するってなると気合いがいる。でも、たぶんこの物悲しさこそが桜木紫乃なんだろうな。
川上 弘美:『古道具 中野商店』
【STORY】東京近郊の小さな古道具屋でアルバイトをする「わたし」。ダメ男感漂う店主・中野さん。きりっと女っぷりのいい姉マサヨさん。わたしと恋仲であるようなないような、むっつり屋のタケオ。どこかあやしい常連たち……。不器用でスケール小さく、けれど懐の深い人々と、なつかしくもチープな品々。中野商店を舞台に繰り広げられるなんともじれったい恋と世代をこえた友情を描く傑作長編。(Amazonイントロダクションより)
主人公ヒトミ、29歳。古道具屋の店番のバイトをして、帰りにとり弁と缶チューハイを買って飲みながら帰る。じつにいい。ヒトミは職場である中野商店を「給料は安いが、労働に見合っている」としている。これって、幸せの最上級のやつなんじゃないか。
年上の友人、恋愛対象となる男も出てくる。人間関係は極めて良好。仕事が嫌じゃない、というのはほんとうに幸せなことだと思う。ヒトミは(おそらく)生活のために働いているんだけど、それでいて何となく趣味っぽさもある。ほかに収入の手立てがあるんじゃないかと思ってしまうような気楽な日常。
一癖も二癖もある登場人物たちのすったもんだと、古道具屋で起こる日常。それは永遠のものではなく、ゆっくりと傾いていく。
その切なさも相まって川上弘美なのだけれど、それは抜きにしても作品全体に漂う「エッセイっぽさ」というか、今風に言うとVlogっぽさというか、雰囲気がとにかく心地よく愛おしい一作。
橘 令:『永遠の旅行者』
【STORY】元弁護士・真鍋に、見知らぬ老人麻生から手紙が届く。「二十億の資産を息子ではなく孫に相続させたい。ただし一円も納税せずに」重態の麻生は余命わずか、息子悠介は百五十億の負債で失踪中、十六歳の孫まゆは朽ちた家に引きこもり、不審人物が跋扈する。そのとき、かつてシベリア抑留者だった麻生に殺人疑惑が浮上した――。(Amazonイントロダクションより)
どこにも居住せず、どこにも納税しない生き方。弁護士資格を持ち、短期間で滞在地を変えながら投資でざくっと金を稼いで暮らす青年。もうこれだけで、どうにもならないほどのいわゆる「勝ち組」の男。物語はその男がハワイで起きたい時間に起き、いい香りのするコーヒーを淹れ、海でひと泳ぎ……みたいなところからはじまる。
ほんのりミステリー要素もあり、氏のすべての作品に共通する経済小説でもあり、ティーンエイジャーの成長物語としての側面もあり、とにかく読み応えしかない傑作。
わたしがもし人生で読んだ好きな小説ベスト5を選べと言われたらこの作品は外せないと思うほど大好きな作品。
冒頭の「相続税を1円も払わず孫に」も、グレーな税理士寄り視点できちんと解決して気持ちよくさせてくれる。一般人が知らないお金の世界を覗かせてもくれる貴重な作品。
【STORY】浪人生の高岡裕一は、奇妙な断崖の上で3人の男女に出会った。老ヤクザ、気弱な中年男、アンニュイな若い女。そこへ神が現れ、天国行きの条件に、自殺志願者100人の命を救えと命令する。裕一たちは自殺した幽霊だったのだ。地上に戻った彼らが繰り広げる怒涛の救助作戦。(Amazonイントロダクションより)
ざっくり言うと、自殺してしまって幽霊になった4人がこれから自殺しようとしてる人たちを説得して自殺を思いとどまらせる。それが100人に達したら自殺の業を免れるっていう、なんとなく昔読んだ漫画の霊界探偵のアレを思わせる設定。
さまざまな自殺志願者が短編っぽく登場してきて、その切羽詰まった描写にどっぷり読まされてしまう。
弱くてもいい、躓いてもいい。多少、説教臭くはあるんだけど、それでもじぶんの価値観なりにきちんと影響してくれたと思う。
これを斜に構えて読むほどじぶんはすれてはいなかった、そんな感じだろうか。ジャンル分けで言えばファンタジーの部類になって、ちょっと拒絶反応出るひともいると思うけれど、がんばって読み進めてみてほしい。

